群馬の高校生に向けたキャリア学習プログラムを届けるNPO法人DNA

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人と人とが関わらないことで引き起こる弊害への危機感ー代表顧問×代表理事 対談(1/3)

2017.12.01 その他

1996年、日本で初めて「地域」の諸問題を解決すべく、群馬という地方の大学に、“地域政策学部”が誕生しました。

その設立に大きく携わった代表顧問の大宮は、その後2004年に大宮の研究室に所属する大学生らとともに、NPO法人DNAを設立しました。


DNAは、2004年から2013年頃まで、群馬県若者就職支援センター(ジョブカフェぐんま)の運営、コミュニティFMの番組企画・制作、地域と連携したまちづくり事業、企業と若者のマッチングを目的としたシンポジウムの開催など様々な事業を展開してきました。


そして、2014年から代表理事の沼田が新たな事業として、高校生へのキャリア教育に関する事業を立ち上げ、キャリア学習プログラム「未来の教室」を軸とした活動へと大きく舵を切ることとなります。

 

本記事では、DNAの生みの親である代表顧問の大宮登(高崎経済大学名誉教授)と代表理事の沼田翔二朗が、DNA誕生に至るまでの背景と、当時の活動について、苦労、喜び、そしてこれからの展望について語ります。


大宮と沼田の関係、立ち上げの経緯、これまでの活動については、こちらをご覧ください。



※本記事の内容は、2017年2月にDNA春合宿2017において実施された代表顧問と代表理事の対談の様子を、一部編集したものです。

沼田 毎年行っている春合宿の今回、DNA創設者である大宮先生がどのような想いで活動を始めたのか?について迫りたいと思います。
ちゃんと企画の趣旨を説明していなかったかもしれませんが(笑)、早速本題に入っていきます。

2004年、DNAが設立された当初は、大宮先生と大宮ゼミに所属する大学生らが運営主体となり様々な事業活動をしてきたわけですが、まずは大宮先生がDNAを作ろうと思った問題意識について教えていただけますか。

【紹介】 大宮登/高碕経済大学名誉教授

山形県出身。高崎経済大学経済学部卒、慶應義塾大学大学院社会学研究科修了(社会学修士)。短期大学教授などを経て、1996年から高崎経済大学教授に着任、同大学地域政策学部長や学生部長、副学長などを経て、現在は名誉教授。
地域活性学会会長、日本地域政策学会会長、6次産業化人材ワーキング・グループ座長(内閣府)、全国生涯学習ネットワークフォーラム座長(文部科学省)、若者社会活動支援 NPO 法人Design Net-works Association(DNA)代表顧問、一般社団法人高崎食品リサイクルループ協議会会長、日中友好桜プロジェクト会長など歴任。

社会学を基礎として、組織における実践的な能力開発や人材育成の在り方、さらにはキ ャリア設計に関して、研究している。併せて、その理論を地域活性化に応用し、地域に根 ざした住民主体の参画型地域づくりや、大学を核とした地域活性化の理論と手法、その教 育実践についても研究課題としている。

2004年、特定非営利活動法人Design Net-works Association (DNA)を創設、以降も代表顧問として活動を支える。

■人と人とが関わらないことで引き起こる様々な弊害への危機感-。

大宮 設立に至った最大の問題意識は、“個人化する社会の弊害”ということです。常に考えてきたことです。

 

沼田 “個人化する社会”については、先生の授業でもよくテーマとして取上げていますよね。改めて、詳しく教えてください。

 

大宮 今の社会は、個人が個人として生きることが可能になっている。僕らが生きた時代と比べると、例えば、スマホがあったり、コンビニがあったりね。僕らが学生の時代は、集団の中で生きること、生活をする中で人と関わるのが当たり前だったけれど、だんだんとその必要がなくなっている。実際、人と関わることが面倒くさいと思うことってありますよね、一人でいるほうが心地いい。

 

沼田 確かにそうですね。私も一人の方が心地いいと感じることがあります。

 

大宮 もちろん、私自身そう思うこともたくさんあります。でも、そうした、人と関わることを嫌う社会、個人化する社会のマイナスの側面が様々ある。

残念なことに、孤立したくなくても孤立してしまう人々が社会にはたくさんいて、様々な問題を抱えている。孤立した子育ての中で育児ノイローゼになったり、居場所がなくなってひきこもってしまったり。個人化する社会の弊害への対策として、これから人と関わる機会を提供することがますます必要だと強く考え始めた。

そのころ、社会では若者の雇用をめぐる問題(いわゆるニート・フリーター問題)が大きく取上げられ、ジョブカフェをつくることになり、同時にDNA設立につながりました。そんな問題意識はずっと持っていたよね。

 

■社会から与えられるのではなくて、自分で自分の人生の生きる意味を創っていく-。
■社会から与えられるのではなくて、自分で自分の人生の生きる意味を創っていく-。

沼田 人と人が関わらないことで引き起こる様々な社会問題への危機感が、DNA設立に関わったわけですね。先生が、そのような問題意識を持ち始めたのはいつ頃からなのですか?

大宮 振り返れば僕が大学生の頃からかな。もちろん大学の教員になって、研究したり、教育に携わったりする中でますます問題意識は高まったけれど、原点は大学時代です。

大学時代に何を考えていたかというと、「没意味化」をどのように乗り越えることができるのかについて考えていたね。

 

沼田 没意味化、何やら難しそうな言葉が出てきましたが、どういったことでしょうか。

 

大宮 意味が没するとは、普通に生活していると、毎日の行為が当たり前になってきて、最初にあった物事の意味、新鮮な意義を徐々に失うということ

※没意味化とは、人間の行為(組織・集団)に付与された当初の意味が次第に埋没し、行為に託された意味や理念が色あせ抜け落ちていくこと

 

沼田 なるほど、当たり前の日常において、その行動の意味とか意義は考える機会がなくなる、考える必要がなくなる、といったことでしょうか。

 

大宮 そうなんだよね。勉強もアルバイトも当たり前にやっていて、それなりに日々が過ぎていくけれど、惰性で生きていくことに一体どんな意味があるんだろうかと思いはじめたことがあって。せっかくの1回きりなのに、もったいないなと。

私の研究領域でもある社会学について、特に大学ではマックス・ウェーバー(注:20世紀初頭のドイツの社会学者。現代社会科学に大きな影響を与えたといわれる)について研究していたのだけれど、ウェーバーの考え方の背景には「文化人」というものがあって。

「自分の人生を自分で生きる意味をつくっていく」・「社会から与えられるのではなくて、自立的で創造的な人間をつくっていくこと」が大切であるという考えなんだけれども、僕自身、地元の山形から高崎に来て、大学生活を送ってきて、みんなが右に行くから右だ、左に行くから左だ、「長いものに巻かれろ」というような生き方が嫌いで。自分らしい人生を生きたいなと。

だからこそ、長女が生まれた30数年前、まだまだ周りに子育てする男性がいない中で、アメリカから通販で買った抱っこひもで保育所に連れて行ったり、外を散歩したりしました。

 

「みんなが車に乗っているから」という理由では、僕は車を買わなかったり(笑)
私、結構こだわりの強い人間なんですよね。

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