【記事】おばあちゃんやおじいちゃんから教わった「愛する暮らし」のつくりかた | NPO法人Design Net-works Association

【記事】おばあちゃんやおじいちゃんから教わった「愛する暮らし」のつくりかた


群馬県の南西部に位置し、2003年に万場(まんば)町と中里(なかざと)村が合併し、発足した多野郡神流(かんな)町。

森の壮大さや清流のきらめきは、誰もが心躍るほどの奥深い自然。そんな魅力が溢れる一方で、この町で暮らす人々はおよそ2,000人。その中で中学生までの子どもたちは、わずか88人となっています(2016年2月1日現在、神流町役場webより)。

 

人口減少社会と言われ久しく、まさに“人口減少”の問題の渦中ともいえる神流町で、生粋の「地元生まれ地元育ち」で、現在は観光案内所の職員として暮らしを営む黒澤晃司さんに、持続可能な社会に向けてのヒントを伺いました。

 

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■鮮明に思い出す“ぬいぐるみの会”でのおばあちゃんとの関わり

取材①


黒澤晃司(lくろさわ・こうじ)さん

1989年生まれ、7人家族の末っ子として育つ。中学卒業までを神流町で過ごし、高校と大学は町外で一人暮らしをしながら通った。大学を卒業して町へ戻る。現在は観光の仕事に携わりながら、青年会の活動と趣味のものづくりに打ち込む。


 

 

黒澤さんは現在26歳。合併前の旧中里村で生まれ、小学生の頃の同級生は6人。中学3年生の時に合併のため同級生は18人に増えましたが、その後すぐ地元に高校がなく、富岡市の高校に進学。

学校の近くでアパート生活を始めるために、15歳で一度地元を離れました。幼い頃の記憶は近所のおばあさんやおじいさんと関わったことだと言います。

 


“黒澤さん 絵に描いたような話ですが、近所のおばあさんやおじいさんと遊んで育ちました。両親は共働きだったので、学校が終わって家に帰ると、おばあちゃんと近所の家にお茶飲みに行って部落の人たちと一緒にお話したり、遊んだりしてもらっていました。


 

 

現在ではあまり見られなくなってきているような世代を超えた人との関わりの中で育った黒澤さんが今でも鮮明に思い出す幼い頃の記憶は、近所のおばあちゃんたちが集まって取り組んでいた“ぬいぐるみの会”だったそうです。

 


“黒澤さん ぬいぐるみをつくる会にばあちゃんが入っていたから一緒について行ってたんだけれど、僕の仕事は「おばあちゃんたちの針に糸を通すこと」だった(笑)そんな生活をずっとしてきたから、おばあちゃんたちやおじいちゃんたちがすごく尊敬出来て、そして友達であり大好きな存在でした。


 

 

ぬいぐるみをつくる時の縫う作業や形づくる作業をするはおばあちゃんたちには敵いませんでしたが、針に糸を通すことは黒澤さんの専売特許。

お互い持ちつ持たれつの関係性の中で育ち、黒澤さんにとって大切な存在であるおばあちゃんやおじいちゃんたちが、ある時、体調を崩し、救急車で病院に運ばれてしまいます。

 


“黒澤さん 大好きな存在であるおばあちゃんやおじいちゃんが年を取っていくと、死を迎えることがありました。その死は、長く病気を患っていて亡くなることももちろんありましたが、ある時、急に胸を押さえ、救急車で病院に搬送され、亡くなることや、助かったとしても病院まで運ばれるまでの時間が長くて、その後に後遺症が残ってしまう…ということがありました。「もっと近くに病院があれば助かっていたかもしれない」と思うこともあって、こういう人たちの役に立ちたいという思いが芽生え始めて医療、特に救急医療を学べる大学に進学しました。


 

 

そのような想いを持ち自分の未来を選んできましたが、どんな仕事に就こうとも、「地元で暮らすこと」は黒澤さんにとって欠かせないことでした。それは幼い頃に、“ぬいぐるみの会”などを通じて関わりあったおばあちゃんやおじいちゃんの存在の大きさでした。

 


“黒澤さん 15歳の頃に地元を離れ、大学卒業のタイミングで地元に帰ってきましたが、何より「神流町で生きること」を大切にしたかった。いまは医療の仕事に携わっているわけではないけれど、別の形でもこの町に携わっていけることを嬉しく思っています。


 

 

 

 

■アイディアではなく、暮らしを豊かにする“生活の知恵”

写真②

(黒澤さんが制作した釣りに使用する“けばり”。腕前は相当なものだ)

神流町に戻った黒澤さんは、観光の仕事はもちろん青年会(町の若者で構成される会)での活動や、趣味である釣りやアウトドア、日曜大工などのものづくりを楽しみながら暮らしを営んでいます。現在の暮らしでも、やはり幼い頃の町の人々との関わりが思い起こされます。

 


“黒澤さん 近所のおじいちゃんから教わるお囃子(お祭りで演奏される音楽の総称)のことや、どんど焼き(日本全国に伝わるお正月の火祭り行事)の時の出来事、遊んでいたら近所のおっさんに叱られた一コマでも、印象深く思い出すことは「そういうことだったんだ」と発見できる“知恵”みたいなことだね。


 

 

昔の暮らしで実践されてきたことを、黒澤さんは「知恵」と表現します。その「知恵」は、暮らしの中でありとあらゆる場面に活かされ、自然に教わったものだと言います。

 


“黒澤さん 近所に長い坂があるんだけれど、雪が降った時に、坂の上に住むおじさんが黒い粉を道に撒いていたんだよね。「何の粉ですか?」と聴くと「炭の粉」と返ってきて。「何だろう…」と思って家に帰って親父に確認すると「黒い色をした炭は太陽の光を集めるから、道にある雪が早く溶けるんだ。砂を撒くより炭を撒く方がいいんだ」と教えてもらって「なるほど」と。他にも、おばあちゃんがローソクを立てるのにジャガイモを半分に切って釘を刺して使っていたりして…だから何?って話なんだけれど(笑)目を向けてみると、そんな知恵が溢れ出ている暮らしをしていたんだよね。


 

 

そして「知恵」は、暮らしに直結したものと続けます。

 


“黒澤さん リアリティの無い世界で、知恵を感じたのではなく、自分の暮らしに直結していて、自分たちを助ける知恵。ひとつの“アイディア”ではなくて、“知恵”なんだよね。だから余計に、スゴイし、格好いいと思った。「それ、なかなか考えますね」というものではなくて「あぁ、なるほど!」と思うもの。それは本当に暮らしに直結しているんだって。


 

 

写真(干し柿)(近所では当たり前の干し柿。白くなればなるほど美味しくなる)

もちろん“暮らし”に直結する知恵は、“暮らし”そのものの変化に応じて知恵自体も変わっていく必要があります。その点について、黒澤さんはこう話します。

 


“黒澤さん ただ、時代に応じて知恵は変わってくるから、「昔がすべてよかった」ということでも「昔いいこと」でもないんだけれど、先人たちの知恵に教わることはたくさんある。僕はそれをもっと知りたいし、教わりたいなと思っています。


 

 

写真③

(黒澤さんが制作した釣り具。この大きな網は、あゆ釣りに使うという)

 

■「土地と人」-「愛しています」といえるほどの“生きている”という実感

土地と人

そのように生活の知恵に溢れた暮らしを当たり前のように営んできた黒澤さんが、日々大切にしているテーマは「土地と人」。当たり前に営まれた暮らしは「土地と人」に結び付いているのかもしれません。

 


“黒澤さん  「土地と人」、これは僕が大切にしているテーマです。自分のルーツを創ってくれたこの土地の歴史の面白さや、それに携わってきた人の面白さがある。僕はそんなところに魅力を感じているから、「昔の暮らし」に「憧れ」を持っています。当時の人たちからすると「大変だよ。そんなことはしなくていいよ」と思うかもしれませんが、昔に回帰してみたいという想いがあるのかもしれませんね。だから“いま”を創り上げきた「土地と人」が日々大切にしているテーマです。


 

 

黒澤さんにとっての「土地と人」は「神流町と、ここに住む人々」。自身も神流町で暮らし続けたいと思う気持ちについて、改めて伺ってみました。

 


“黒澤さん 単純に「ここで生まれたから」。でも、その“有り難さ”みたいなものは、15歳の頃に地元を離れて初めて感じたことが大きな経験になったと思います。高校生の頃は近所の人に「おはようございます」と声を掛けられる関係がなく寂しい想いもして。自分の町について客観的に振り返ることが出来た時、「有り難い」と思ったし、いまは尊いものと思うようになった。確かによくないなあ、嫌だなあと思うこともたくさんあるんだけれど、それも全て含めても自分の町を「愛しています」と言えます。それくらいこの土地や人には魅力が詰まっています。


 

 

取材

(「この土地に生きているという実感を持って生活している人がいる」が、神流町の自慢と話す黒澤さん)

 

お話を聞いて、黒澤さんは“生活するために手間を惜しまない”と感じました。黒澤さんは自分で釣り具や“けばり”、釣り網などを作成しています。わざわざ作らなくても釣具店などで買えばいいのに、と思ってしまう部分もあります。しかしこれも昔から近所のおじいさん、おばあさんと密接に過ごし学んできた、“生活”するための”知恵“なのだと思いました。市販の物を買うよりも、自分で手間暇かけて作るものは愛着が湧きますし、使い勝手が良いと黒澤さんはおっしゃっています。神流町で過ごすために手間を惜しまず、そして先人たちの知恵を常に学ぼうとする。そうした神流町の大自然で生きる黒澤さんの姿に持続可能な社会へのヒントが見えました。

 

そんな大自然と先人たちの生活の”知恵“がたくさん詰まった神流町を一度覗いてみてはいかがでしょうか?

 

写真(歩く)

(取材途中に、偶然一緒に子どもたちと遊ぶことになった様子)

 

 

▼神流町観光情報サイト

http://town.kanna.gunma.jp/kanko/?page_id=13

 

▼神流町観光案内所(Facebook)

https://www.facebook.com/kanko.kannamachi

 

【終わり】

●取材:田中 朋也(高崎経済大学地域政策学部3年・静岡県出身)

●編集:沼田 翔二朗(DNA代表理事・北海道出身)