【記事】地域に誇りを 。街 の歴史家が伝えたいこと | NPO法人Design Net-works Association

【記事】地域に誇りを 。街 の歴史家が伝えたいこと


突然ですが、皆さんは自分の生まれた地域の歴史を知っていますか?そしてそれを他の人に語ることはできますか?

自分の地域の歴史を知っていると、たくさんのメリットがあります。例えば、街の新たな一面が見られる。他の地域に出たときに自分の地域の歴史と共通する歴史があれば、

その地域の人と歴史の話で意気投合することができる。ビジネスの場では、もしかしたら何気ない歴史に関する雑談からビジネスチャンスに発展することもあるかもしれません。

そう話すのは、高崎史志の会の理事を務めていらっしゃる 堤克政さん。前回投稿した金澤さんと同じく、堤さんも高崎の歴史を残そうと高崎の歴史勉強会である「高崎史志の会 」を中心に様々な活動をされています。

▼前回の投稿 【インタビュー記事】あるものは残そう。老舗米屋のアツイ想い

【インタビュー記事】あるものは残そう。老舗米屋のアツイ想い

 

私たちの活動拠点、高崎に対する堤さんの思い入れ。 そしてそこに住む人達に伝えたいこととは?

今回はそんな高崎の歴史を知ってもらおうと奮起する、街の歴史家の活動 をご紹介します。

 

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堤克政さん

1943年、高崎市柳川町生まれ。高校時代までを高崎で過ごし、高校卒業後は大学進学のために上京。

大学卒業後は群馬に戻って就職し、現在はご退職されて高崎史志の会理事を務めていらっしゃいます。

高崎史志の会の勉強会では、講師を担当しています。

またご先祖様は、かつて高崎藩のお殿様であった大河内松平(おおこうちまつだいら)家の家臣であったそうです。

 

堤さんの お宅には高崎の歴史に関する資料がたくさん残っています。

昔、多くの家ではその時代に起こった出来事を日記などに記して残していたそうですが、

そのほとんどが火事で燃えてしまったり、紛失してしまったりしています。

そんな中で資料が残っていることは、とても貴重なことです。

 

高崎史志の会を始めたきっかけ は、展示した古地図

ある日、堤さんは自宅に残っている歴史資料を一般の人たちをお宅に招き入れて、 展示しました。

すると、ある訪問者が一枚の古地図を見て堤さんに尋ねてきました。

 

慶応2年高崎城下図 (1)

 


“堤さん 『この地図は普段どこで見られるのですか?』と聞いてきました。

でもうちの展示物だから普段他の人は見られないし、他に歴史資料を見る場所もない。


 

高崎のまちなかは、高崎に訪れる人や転勤族で一時的でも高崎に住むことになった人が

たくさんいます 。

(江木町を例にすると、平成17年12月末は世帯数3062世帯、人口7160人だったが、

平成25年12月末は、世帯数3380世帯、人口7501人に増加した。8年で318世帯、341人が増加している。)

その人たちは高崎の歴史を知りたいのだけれども、歴史を知ることができる場所がありません。

そういった外の人たちに“高崎の歴史を伝えられるよう”・“高崎の歴史を残していこう”ということで

高崎史志の会が始まりました。

 


“堤さん 最初は外の人たちに高崎の歴史を伝えられるように勉強会を始めましたが、

いざ始めてみると、地元の人が高崎の歴史を全然知りませんでした。

これはダメだということで、まずは地元の人から勉強していかないと、 という風にやってきました。


 

“城下町”と“商都” 2つの冠を持つ高崎

今でこそ高崎は古いものが少なくなってしまいました。

それには昔から交通の重要拠点である高崎が、常に時代の先端をいくために

新しいものを作っていった、という歴史的背景があります。

しかし堤さんはそんな中でも高崎に住んでいる人には、2つ知っておいてほしいことがあります。

1つは、高崎の名付け親が井伊直政であること。もう一つは意外なことでした。

 


“堤さん 高崎は“城下町”であるのと同時に、“商都”という2つの側面をもつ全国的にも珍しい街なんです。

ふつう城下町は商都じゃないんですよ、侍の街ですからね。

それが高崎は街道の要所となっていることや鉄道が開通したことによって、

交通の要でした。これによって高崎は流通や商売の重要拠点となり、

商都としても発展し、現在みたいに大きくなっているわけですね。


 

せっかく高崎に住んでいるのならば、誰が高崎の名付け親なのか。

城下町と商都の二つの冠を併せ持つ珍しい街であること。最低でもこの二つは知っておきたいものです。

 

歴史を伝える2つの取り組み

高崎に住んでいる大人でさえも、このような地元の歴史をほとんど知りません。

それは子ども達に対しても同じことが言えます。

そこで 堤さんは実際に小学校に出向いて子どもたちに高崎の歴史を伝える取り組みを行っています。

 

中央小学校6学年社会科授業感想文綴り

 


“堤さん 8年くらい前ですかね。ちょうど金沢米穀の金澤さんの息子さんが小学校6年生のとき、

担任の先生が総合学習の時間に何をやろうか、保護者達に相談したみたいです。

そして高崎の歴史について知る授業はどうですか?ということで私のところに話がきました。


 

これがきっかけとなり、堤さんは毎年高崎市立中央小学校の6年生に高崎の歴史を教える講演を行い、

これまでたくさんの小学生に高崎の歴史を伝えてきました。

そしてもう一つの取り組みとして、実際に高崎の歴史に関する街めぐりツアーを行っています。

 

中央小学校親子歴史探訪

 


“堤さん 小学校で講演をしていくうちに、ある日校長先生から

実際に高崎の歴史を目で見るツアーをお願いできないかと相談を受けました。

もちろん私は引き受け、募集をかけたところ、最初は80人も集まりました。


 

小学生は1年生から6年生まで、そしてなんとその保護者達もツアーに参加し、

幅広い年代が集まる街めぐりツアーになりました。

初回から好評で、毎年11月上旬に堤さんの案内で高崎の歴史を巡る街めぐりツアーを開催しています。

残念ながら参加できるのは、高崎市立中央小学校の児童や保護者が中心で、一般の方の募集は行っていません。

しかし中央小学校の学校だよりに、ツアーの様子が掲載されています。そちらから是非ともご覧ください。

 

地域に自信を持つ

堤さんがこのように高崎の歴史を残そうと活動していらっしゃる胸の内には、

高崎に住んでいる人々に「高崎に住んでいるんだ」という自信を持ってほしい。という想いがあります。

 


“堤さん まずはまちを知ること。そして何か自慢できることを見つけ、

よその地域に出たときに比較の対象にしてほしいです。特に外国に行ったときにはですね。


 

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自分の住むまちに自信を持つこと。例えば高崎に群馬交響楽団があることはすごいことです。

オーケストラを持っている地域は全国的に見てもかなりレアです。

このように普段は気づかないことでも、実はすごいことが身近にあったりします。

 


“堤さん 魅力を見つけるためには、高崎のいろんな所を見てほしいです。

歴史などの学問的なことだけでなく。高崎も広いですが、

実際に足を運んでみて五感で高崎を感じてみてください。

そうすることで、何か一つ高崎の魅力が見つかると思います。


 

実際に足を運んでみて、地域そのものを感じ取る。

そして自分はこの街で生活しているという、アイデンティティを持つこと。

地域が注目される現代社会でこれは大切なことかもしれません。

 

高崎は知れば知るほど奥が深い街です。そんな高崎の歴史家、堤さんのお話を高崎史志の会で実際に聞いてみてはいかがでしょう?

 

▼高崎史志の会 web

http://www.ne.jp/asahi/histrian/takasaki/index.html

 

 

【おわり】