【インタビュー記事】26音で語るぐんまの魅力~あたらしい、まちの楽しみかた~ | NPO法人Design Net-works Association

【インタビュー記事】26音で語るぐんまの魅力~あたらしい、まちの楽しみかた~


皆さん、突然ですが自分のお気に入りのお店や場所に行ったとき、何をしますか??

カメラで記念写真を撮ったり、そこで美味しいものを食べたりすることが一般的だと思います。・・・ですが今回は、全く新しい楽しみ方をなさっている方をご紹介します。

 

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坂口圭吾(さかぐち・けいご)さん

生まれも育ちも群馬県高崎市。学生時代は石川県の金沢市で学び、高崎市役所に就職し、様々な部署を経験したのち、福祉部長寿社会課で勤務なさっています。


■高崎を学び始めたきっかけ

坂口さんが高崎のことをもっと知りたい!と思うようになったきっかけは、高崎市が石川県の金沢市と友好都市提携をした時のことです。「高崎市よりも金沢市の方が歴史上の偉人が多いよね」ということを言われたことで、市職員の坂口さんはカチンときて、高崎に関する本をたくさん読むようになりました。

そこで出会ったのが、本記事のタイトルにある「26音」の正体です。この26音は七・七・七・五の音律からなっている、俳句や短歌などの仲間の都々逸(どどいつ)というものを指しています。

 


“坂口さん  高崎のまちについての話し合い型のワークショップには数多く参加しましたが、その時の気持ちや想いを残せていませんでした。そこで都々逸に出会い、唄として作品が残っていることで、後からその時の感情を振り返ることができるようになりました。


 

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【写真=坂口さんの唄が載っている歌集。2015年6月のZinphonyにて販売】

■都々逸の歴史

ここで、都々逸について初めて知った方もいらっしゃると思うので、都々逸の歴史についてご紹介します。

都々逸は、酒席などで座興に歌われる短い三味線声曲の「俗曲」というものの一つです。寛政(1789~1801)末期から文化(1804~1818)初期のころ、潮来節(いたこぶし)・よしこの節を母体として成立しました。天保(1830~1844)末期に江戸の都々逸坊扇歌が寄席で歌って流行したことで、都々逸という名が世間に広まるようになりました。酒席で歌われていたことから、現在でも男女の情の機微を表現したものが多いのも特徴です。俳句や和歌は、季語や字余り・字足らずなどのルールがありますが、都々逸にはそこまで難しいルールがないので、庶民の歌として当時はとても流行りました。

 

坂口さんへの取材のなかでたくさんのお話を伺いましたが、私がその中で一番印象に残っていることは、「上州どどいつ部」についてのお話です。

現在、坂口さんは、高崎市出身で落語協会の男性では、唯一の三味線漫談家の柳家紫文師匠と共に、連雀町にあるCoco.izumiに於いて、月に一回都々逸を作って、師匠に歌ってもらう会を開かれているそうです。

その中でも、群馬の魅力を都々逸の歌集にする活動を行っております。言うなれば、上毛かるたの都々逸バージョンですね。上州どどいつ部のスタートは去年。今まで20回行われており、約200歌作ってきたそうです。

 


“坂口さん  上州どどいつ部は、月1回開催していますが、ずっと都々逸を作っている訳ではなくて、参加者の方と高崎のまちについても話したりしていて、とても楽しくやっています。都々逸は決して難しいものではありません。群馬の魅力を一緒に語り合う仲間が欲しいので、気軽に参加してみて欲しいです。


 

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【写真=2015年1月に開催されたどどいつライブの様子】

 

取材の時に坂口さんが教えてくださった、都々逸の一部です。

●「月で兎が ついてる餅を あたしゃあいつの ために焼く」

●「七七七五と さらりと言えば おやじギャグでも 乙な唄」

どちらもうまく掛かっていて、とても面白いですね。こんなに身近で都々逸に触れることができる街は珍しいので、ぜひ一度どどいつ部を見に行ってみてはいかがでしょうか。

 

▼上州どどいつ部Facebookページ

https://www.facebook.com/joushudodoitsu

 

■「地の塩」として歩むこと

現在、都々逸を通じて多くの人に群馬の魅力を伝えようと活動なさっている坂口さんですが、私たちに大切にしてほしいことを教えてくださいました。

 


“坂口さん   「地域は『地の塩』と呼ばれる名もなき人たちによって支えられてきた」ということを忘れずにいてほしいです。歴史には名を残さない多くの人の営みによってこのまちは、支えられてきました。私も、若いみなさんといっしょに、この群馬の、この高崎の「地の塩」として、歩んでいけたらいいな、とおもいます。


 

「地の塩」とはイエス=キリストの言葉で、神を信じる者は腐敗を防ぐ塩のように、社会・人心の純化の模範であれとの意味であり、模範や手本の例えとして使われる言葉です。私たちが何気なく暮らしている街は、多くの先人の行いによってあるものです。街のなかには、実はたくさんの歴史が詰まっていて、それらを知ることが、まちづくりに携わる人だけでなく、街に住む皆が学び後世に語り継ぐことが大切という事を坂口さんは教えてくださいました。

次に街なかを歩くときには、普段通らない道や行った事の無い場所を通ってみると、知らなかった新しい街に出会うことができると思います。ぜひ、その時には七・七・七・五の26音でその時の気持ちを残してみてはいかがでしょうか。

 

さいごに、今回の取材の風景の一コマを。

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こちらのお店は、坂口さんの行きつけの喫茶店「いし田珈琲」@高崎市新田町1-3です。写真にもある、ハヤシライスが絶品です。写真として紹介させていただいた、坂口さんの唄が載っている歌集「どどいつ らぶ」もありますので、ぜひ皆さん一度行ってみてはいかがでしょうか。

 

【おわり】

●文:石井 理(高崎経済大学経済学部2年・静岡県出身)